それは気候や仕事や家族のあり方そのもので、特に庶民の家にあって、統一された家は何の疑いもない必然の美しさでした。
それはエコロジーな街並みの美しさでした。
江戸・明治・大正・昭和と受け継がれたその街並みの多くは戦争で消滅しましたが、日本と同じく戦火で街を焼かれたドイツでは、戦前の町並みを忠実に復元する住宅復興が行われ、今でも各地の美しい街並みの中で人々が暮らしています。
それはノスタルジックな風景の継承だけではなく、その町が成立する過程で、自然や地形条件を解決し住まい続けてきた人の意思への評価でした。
急激に社会機構が進化し都市化が進んでも、本当は歴史の中にある自然と人との関わりに今も変わりはないのかもしれません。
Wikipediaで耐久消費財に自動車や家電と共に住宅が入っていて愕然としました。
確かにイギリスの75年に比べて、日本の受託耐用年数は半分以下の30年です。
それだけ日本の住宅には価値がない現れです。
我が国土を埋め尽くす住宅が、資産か、数年で価値を失う消費財かでは大変な違いです。
日本でも長命で資産価値のある家づくりを国が推奨する制度が整いつつあります。
住宅品質確保促進法やそれに伴う性能評価制度が施行されました、強度・空気環境・維持管理など多項目から品質評価を満たすことで、我が家の証明書を手にすることができます。
家の売買時や住み替え時には、証明書が強い味方となります。
長期間に渡って支持されるデザイン・機能など、資産価値のある
家の条件は他にも考えられます。
「住めば都」人は順応性があるので、どんな家でも住めないことはありません。
でもせっかく自分の家を持つなら、ただ日常生活をおこなうばかりの容器ではない、
心豊かに自分らしさをしっくりと満喫できる、自分たちのための居場所を創ってください。
広大な敷地でも街中の狭い土地でも、100坪を超すようなお屋敷でも30坪に満たない普通の家でも、潤沢な予算でも
限られた予算でも、皆様の「大切なもの」を託されていることを心して、モチベーションややりがいはいつだって同じです。
いかなるケースにもそれに相応しい生活の仕方があり、それを素敵に実現するための難関が待っています。
それを乗り越える苦労や面白さにはいつだって新鮮な緊張感があります。
お客様が望まれる限り私たちは住まい手の満足に向かって努力を惜しみません。
建築は、はじめに造形があるのではなく、はじめに人間の生活があり、心の豊かさを創り出すものでなければならない。
そのために、設計は奇をてらわず、単純明快でなければならない。
私のおじいちゃん先生吉村順三の言葉です。
家の中は危険がいっぱい
・・・。家の階段事故で
年間500人が・・・。
毎年全国で
1万人が入浴中のヒートショックで倒れています。
安全と健康、住宅性能は断熱で決まります。





